隠れ引きこもりメンタル弱めのB型主婦が、なんでもないことを書きます。

家族さえいればいい。家にいる時が1番幸せ。誰も構わないで欲しい。そっとしておいて下さい。でも本当は感謝しています。でもほっといてもらって大丈夫です。そんな葛藤の中、一生懸命に生きています。

メンタルが弱くても

パニック障害という言葉は、いつからか漠然と知っていました。

すぐにメンタルがやられる私にとって、
うつ病については、意外と身近なものとして認識していましたが、パニック障害についてはなぜか自分には関係ないものとして捉えていました。

パニック障害のイメージは、まさにその字のとおり。
パニック、ヒステリックのような。
自分は、パニックになるわけじゃなくて、気持ちが落ち込んで悲しくなるだけ。
不眠症、対人恐怖、過呼吸自傷。勝手に、うつ病寄りだと自覚していました。

ただ、一度も病院に行ったことなどなく、あくまでも自覚症状での自己判断ですが、
病気うんぬんよりも、とにかくメンタルが弱いということを自覚して生きてきました。

ただ、まさか自分がパニック障害になるとは夢にも思っていませんでした。




私は、結婚する前は特に、いつ死んでも良いと真剣に思っていました。
むしろ、あと何十年生きなきゃいけないのかな…と、残りの人生のことを考えると憂鬱な気持ちになるほどでした。


しかし、そんな自分が変わったのは結婚して子どもが生まれてから。
ずっと家族で居たい。ずっとこの子の成長を見ていたい、と心から思いました。
自分が死ぬことで、悲しむであろう旦那さんや子どものことを考えると、絶対に長生きしようとすら思うようになったのです。

ただ、メンタルは変わらず最弱のため、仕事や人間関係でのストレスは確実に私の心を蝕んでいきました。



1番最初の異変は、朝の目覚め。
身体が動かない、目が開かない。
前日、遅くまで起きていたわけじゃないのに、朝起きるのが尋常じゃないほど辛いのです。

朝起きれないと、旦那さんのお弁当や家族の朝食も十分には作れない。旦那さんが着るワイシャツのアイロンがけもできていなくて、しわしわのまま着て出勤させてしまう日々。
募る自己嫌悪。。


それから、それまで感じたことのない異常なまでの不安感。

仕事に行けば、ちょっとしたミスにも必要以上に落ち込んで、上司たちが小声で話すのを見ると、もしかしたら自分のことを話しているのかもしれない、と思ったり。
上司の態度が冷たく感じ、やっぱり私は役立たずだと思われているんだ…いう被害妄想。

常に不安がつきまとい、何かに怯えているような感じでした。


いつの間にか、人と話すときに異常に自分の表情が気になってしまい、見て話すことができなくなりました。

相手がどんな感情でいるのか、自分がどう思われているのかが気になり、笑おうとしても顔がひきつるように。

自分の顔がひきつっていると思うと、それが今度は気になってしまい、話の内容など全然頭に入って来ない。

人と話すことが憂鬱になり、マスクをしなければ外出できないようになりました。

それからどんどん身体の異常は増えていきました。

仕事中、突然の動機と冷や汗。
手が震えて、息苦しくなり、何もできない状態に。だいたい2.3分程で症状は消え、また一定の時間が立つと、現れる症状。

また、人の多い場所へ行くと、突然息苦しくなり、めまいがするように。
頭がふらふらし、膝はガクガクし立っていられずにしゃがみこんでしまう。
ただ、座って数分立つと何事もなかったかのように元どおり。

常に緊張感と不安感に包まれている感じがしていましたが、
唯一の心の休まる場所が、家でした。

子ども達と一緒にいる時は、肩の荷が下りたかのように楽しい気持ちになりました。
週末、子ども達と公園や散歩に出かけるのだけが私のストレス発散。

ただ、やっぱり、出かけた公園に1人でも人がいれば、瞬時に心が「無理だ」と言い、すぐに引き返して他の公園を探し、散歩に行くにも、人に会いたくないがために、車で少し人里離れた場所まで行き、散歩をしていました。

仕事以外では、友達にも、兄弟に会いたくなくて、ひたすら避けていました。

ただでさえ無いようなものだった「自己肯定感」も、その時にはもう一ミリたりとも残されていなかったので、家の中で、ご飯を作ったり掃除をしたり、子どもと遊んだりと、母親にしかできない、自分にしかできないことをしている時だけが、壊れそうな自分を支える唯一の存在意義だったのかもしれません。



結局、私は未だに弱い自分と戦いながら毎日を過ごしていますが、あれから少しずつ少しずつ、自分を変える努力をし続けています。

無駄に外へと放出し続けていた意識やパワーを、自分に集める努力をしています。

無意識のうちに人の機嫌や自分への評価を気にしてしまっていた時は、
「自分が思うほど、人は自分のことを考えていない」
それを強く思うようにしました。

もちろん、それでも常に悶々として、ストレスを感じてしまいます。

ですが、これまでは、悩み始めたらもう一直線に落ち込んで、自分で追い詰めていた自分が、今では、ある程度のところでストップをかけられるようになっています。

結局は、
「その悩みは、自分が生きていく中でそんなに重要なこと?」
それが全てな気がします。


人生が終わるような話なのか?
家族の誰かの命に関わる話なのか?

そう考えると、結局は、全然大したことのない悩みなのです。


そして、ここでこれは私が独自に編み出した、自分を守るための考え方を紹介します。
人によってはきっと、「?」なので、試してみて、効果のあった方はぜひ使って下さい。


まず、広い広い宇宙を想像してみてください。
宇宙のことは、決して詳しくないので、適当な説明になるかもしれませんが、
宇宙ってものすごく広いです。
その中に、無数の星の塊があります。
ちっちゃなちっちゃな塊です。
ちっちゃな塊ですが、それをよくよくのぞいて見ると、またその中に無数の星の塊があります。
もっとちっちゃな星の塊です。

また、その塊の中にはもっとちっちゃな星の塊があって、その小さな塊のひとつが、地球のある太陽系です。
この辺からよくわからなくなってきますが、それがまたいいのです。

また更に、その太陽系の中で、ポツンと存在する地球という星。

ようやく地球にたどり着きましたが、自分がいまいる場所はどこでしょう?

地球上の、
日本という小さな島国、
その中の、○○県
○○県の中の、○○市
○○市の中の、○○町
○○町の中の、

ここ‼︎‼︎



そう思った時に、
私は、人の評価ばかり気にして生きていることがとっっても無駄なことに感じます。

広い広い宇宙の中で生きているちっぽけな自分。
誰の評価も干渉も受けずに好きに生きてもいいんじゃないかと。

もちろん、自分が生活しているコミュニティは現実的に考えて、決して疎かにはできません。
疎かにすると、きっともっと生きづらくなります。

ですが、気にし「すぎる」ことは、無駄なことです。
悩み込んだとしても、ほどほどに。

自分の性格を全く別人に変えることなんてできないので、自分は自分で良くて。

ここまでは、自分を残して、ここからはもう捨ててしまっても構わない。

そういうふうに、
自分なりに折り合いのつくところで、踏ん切りをつけると良いのではないかという答えが出ました。
そう分かってから、私は格段に生きやすくなりました。
自分を否定することは絶対にせず、あくまでも自分らしく。不器用に、地道に。
たまに挫折しながら。

それが、私の生き方です。